いのちを慈しむことの重要性~愛さないと愛せないの負の連鎖を絶つために~

1.はじめに
現代の日本社会は「ストレス社会」と呼ばれている。女性の社会進出や核家族化が進み、妊娠・出産・育児に対する負担や心配を1人で抱え込まなければならない女性が増加したため、子育てに自信が持てず、子どもに十分に愛情を注ぐことができなくなる母親も増加した。また、愛情を受けずに育った人は子どもに愛情を持てなくなるといった悪循環も起きる。その負のスパイラルから虐待やネグレクト、発達障害などの社会問題が生まれている。その問題を解決し、すべての母親が子どものいのちを慈しみ、愛情を持って子育てに向かうことができる環境をつくるために何が必要なのか、また、子どものいのちはどう扱われるべきなのかをこの1年間協働ゼミの活動を通して研究してきた。

2.動機
このテーマについて研究しようと思ったきっかけは3つある。1つ目は、高校2年次のカナダでの留学中にある。私は、幼い時にレイプされたことが原因で拒食症に陥ってしまった女性と話をする機会があった。その女性は「私にこの出来事が起こらなければ、私は自分に自信を失わず、人生も崩されていなかった」と語った。それを聞き、性的虐待が及ぼす精神的・身体的な影響に興味を持った。2つ目は、高校3年次に上智大学で行われた「人身売買における当事者と支援者の関係」の講演会に行ったことだ。私たちと同じ高校生が性的暴力や性的搾取の的になっていることを知り、憤りを覚えた。3つ目は、社会福祉ゼミで協働させていただいた児童養護施設、乳児院にでの勉強会、ボランティア活動にある。虐待された子ども、その子たちに関わる保育士からの話を聞いたことで、どのようにしたら子どもと親、保護者との間に健全な関係を築くことができるのかを考えさせられた。この3つの経験から、子どもと母親の関係をつなぐ役割を果たしたいと思い、女性だからこそ、女性のために真摯に向き合うことで育児に対する不安や恐怖を軽減できると考え、このテーマを研究するに至った。

3.問題点とデータ分析
現在、子どもと母親、家族の関係をつなぐ点において問題となっているのは、パーソナリティ障害や発達障害だと言える。発達障害は子どもだけでなく、大人にも少なくないことがわかっている。この発達の問題の背景にはかなりの割合で愛着が関係していることも明らかであるのだ。そのような障害を、愛着障害と呼ぶ。愛着障害とは、養育者との愛着が形成されず子どもの情緒や対人関係に問題が生じる状態である。たとえば、安定した愛着を持つことができないと、離婚や家庭の崩壊、虐待やネグレクト、結婚や子どもをもつことの回避などの問題が生じる。一方、安定した愛着スタイルを手に入れると、対人関係や仕事に高い適応力を示し、他人との不要な衝突や孤立を避けることができるのである。したがって、安定した愛着は、人間が幸福に生きていくうえでもっとも大切なものである。しかし、現状として、自閉症・情緒障害で特別支援学級の在籍者は平成14年と平成25年を比較すると、わずか10年で、特別支援学級在籍者が5万人以上も増加しているのである。地域コミュニティの希薄化、核家族化によって、地域の住民や祖父母などが一丸となって「みんな」で育てるという意識は少なくなり、「親だけ」で子どもを育てる家庭が増え、子どもと接するのに十分な時間や心の余裕がなくなってきている。よって、安定した愛着を
注ぐことによって防ぐこともできる発達障害や情緒障害を持つ人の数が増加してしまったのではないのだろうか。

特別支援学級在籍者数の推移 文部科学省

また、平成24年度の厚生労働省の児童相談所における児童虐待相談対応件数と虐待を受けた子どもの年齢構成を見てみると、身体的虐待を心理的虐待を受けている子どもが特に多く、虐待を受けた子どもでは小学生がもっとも多いということがわかる。確かに、ここで問題になるのは虐待された子どもの人数があまりにも多いということであるのは間違いないが、児童相談所に相談されていない虐待も問題にされるべきであると私は考える。児童相談所への通報は一般的に学校・病院からが多いが、もし子どもに外傷がなく学校生活などにも問題がなければ、学校・病院側は虐待だと気付くことができないだろう。学校の教師たちも子どもの教「育」者、子どもを育てる者として、子どもが心身ともに健康で生活することができるように子どもたちに寄り添うことができる環境づくりを目指し、子どもに何が起きているか常に把握することが重要になってくるのではないか。

平成24年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数の内訳

身体的虐待 ネグレクト 性的虐待 心理的虐待 総数
23,579(35.3%) 19,250(28.9%) 1,449(2.2%)  22,423(33.6%)  66,701(100%)

虐待を受けた子どもの年齢構成別

0~3歳未満 3歳~学齢前 小学生 中学生 高校生等 総数
12,503(18.8%) 16,505(24.7%) 23,448(35.2%) 9,404(14.1%) 4,801(7.2%) 66,701(100%)

児童虐待の現状 厚生労働省

4.テーマに関しての活動
私はこの問題に取り組むために、NPO法人日本セラプレイ協会を訪れ、取材・インタビューをした。そこで、現在の子どもを取り巻く環境の急激な変化により、家庭が安心して過ごせる場所ではなくなってきているからこそ、安心して遊ぶ環境を提供することで、子どもたちに自分はかけがえのない存在であることに気づいてもらうことができるということを学んだ。そして、直接肌と肌が触れることで自分は愛されていると知り、自己肯定感を育むことができるということも学んだ。また、聖友ホームの児童養護施設・乳児院での勉強会、ボランティア活動を通して、一番忘れてはならないことは、たとえ自分の周りに虐待されている子どもや発達障害を患った人がいないとしても、必ずその人たちは存在することだと認識した。そして、その人たちには安心して所属することができるところが必要だと私は考える。

5.まとめ
私はいのちを慈しむ重要性は「次の世代につなぐ」というところにあると考える。親との関係性が希薄した中で育った子どもは、自分が子育てをするときにストレスを感じやすくなり、「子ども」の問題にしてしまいがちである。愛情を受けずに育つと、発達障害や愛着障害を持つケースも少なくはない。やはり、いのちを慈しんで育てられなければ「負の連鎖」をつくってしまう場合が多いのである。それを絶つためにも、母親への子育てへの意識改革のための教育であったり、不安や負担を気軽に相談できる環境が必要だ。子ども、女性(母親)のどちらも安心できる「居場所」を求めるのは当然であり、それは必ずしも「場所」である必要はない。心の拠り「所」があるだけでも負担は少しではあるが減らすことができるはずである。よって、いのちを大切にすることは私たちの次の世代にかけがえのないいのちをつなぐことであるのだ。

6.参考文献
・『愛着障害 子ども時代を引きずる人々』岡田尊司 光文社新書
・『看護の力』川嶋みどり 岩波新書
・『女子高生の裏社会』仁藤夢乃 光文社新書
・『医療の倫理』星野一正 岩波新書
・『ルポ 産科医療崩壊』軸丸靖子 ちくま新書
・『難民高校生』仁藤夢乃 英治出版
・児童虐待の現状 厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kodomo/kodomo_kosodate/dv/dl/about-01.p
・特別支援学級在籍者数の推移 文部科学省
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2015/03/16/1355830_1.pdf