ジェンダーの不平等とその有害な影響 〜日本の家族の深層を見つめ直す〜

1.はじめに(研究動機)
現代の日本社会では、政治・家庭・雇用環境など、様々な場面において多くの女性が性的役割分業を原因とする不平等を被っている。私がこの現状に問題意識を持つようになったのは私の母が仕事と家事・育児のストレスから体調を崩し、退職に追い込まれてしまった過去の経験がきっかけである。私は母の姿から、いかに現在の日本のジェンダーの概念に縛られた雇用システムや家族の
構造が女性を経済的にも社会的発言力でも劣位に追い込むかということを学んだ。

また、私はカナダ留学中に、日本との家族構造の違いからジェンダーの平等がその家族や子どもの人生にもたらす大きな影響を感じた。ジェンダーの経済的・社会的な不平等は女性だけでなく、子どもたちが公正さの感覚を学ぶ家族の潜在力をも破壊している。

これらの経験から、私は特に出産後の女性に対する家庭・雇用環境における不平等に焦点を当て、家族責任(特に子どものケア)をめぐる両性の平等な負担が可能な、実質的に女性が包摂される社会の実現を目指し研究することを決めた。

 

2.研究内容
まずはなぜ男女は平等であるべきかという理論を根底から問い、ジェンダーの不平等が生まれた原因を歴史的な背景から探る。
最終的には社会的に構築された結婚・出産後の女性の不平等を是正し、女性が男性と同様に政治力を持ち、社会の選択に影響を持ち、経済的にも精神的にも安定した生活を送ることのできる理想の社会モデルを提案する。
2−1.ジェンダーの概念と男女平等の重要性
2−2.日本におけるジェンダー格差の現状
2−3.日本における女性労働の変化
2−4.協働経験とその学び
2−1.ジェンダーの概念と男女平等の重要性

1ジェンダーとセックスの違い
英語で性別を意味する日常語は「セックス(sex)」である。これに対し「ジェンダー(gender)」という言葉は幾つかの言語にみられる名詞や代名詞の性別を表す文法用語であったが、1970年代から性別の意味で使われるようになった。従来、人の性別そのものはもちろん、人の性格や能力は生まれつき性別によって決定され、変更不可能なものと考えられていた。これに対し、20世紀後半の性科学やフェミニズムは、そのような生物学的決定論が、男女の社会的な不平等を正当化する偏見に過ぎないことを指摘し「社会的につくりだされた男女の違い」と「生物的なものとみなされる男女の違い」とを区別し、前者をジェンダー、後者をセックスと呼ぶようになった。

加藤秀一 ナツメ社(2005/03/01) 『図解雑学 ジェンダー』参考

 

2なぜ男女は平等であるべきか
私が考える男女平等とは「性別を意識することなく、誰もが平等に社会参加し、自分の理想や目標を追求する機会を与えられること」である。男女間に生物的な差異があるのは明らかであるが、そもそも「性別」というものは個人が持つ属性の一つにしか過ぎず、「男らしさ」や「女らしさ」という画一的な概念を多様な個人に押し付け、生き方を縛るのは間違っている。また、実際に、国連が発表した「世界幸福度報告書(World Happiness Report)」ではスウェーデンやノルウェーなどのジェンダー・ギャップ指数上位国が幸福度ランキングの上位にランクインしており、ジェンダーの平等が人々の幸福につながり、社会の循環を良くすることは明らかである。従って、かけがえのない「個」として人間が自由に生きるためには、ジェンダーの不平等は是正されるべきである。

2−2. 日本におけるジェンダー格差の現状1世界から見た日本のジェンダー問題
世界経済フォーラム(WEF)が各国のジェンダー不平等状況を分析した「世界ジェンダー・ギャップ報告書(Global Gender Gap Report) 2017」によると、日本はジェンダー間の経済的参加度・及び機会、教育達成度、健康と生存、政治的エンパワーメントという4種類の指標を基に格差を算定したランキングにおいて、対象国144カ国中114位という過去最低の順位を記録している。私がここで注目したのは、日本の評価が項目ごとに優劣がはっきり分かれていることだ。読み書き能力、初等教育、中等教育、平均寿命の分野では男女間に不平等は見られないという評価で昨年同様、世界一位を記録している。一方、労働賃金、政治家、経営管理職、高等教育、国会議員数の分野では男女間の不平等が大きく、世界ランクがどの項目でも100位以下を記録している。その中でも最も低いのが国会議員数で世界で129位である。この結果から一部の管理職の女性が活躍する女性としてメディアでシンボリック的な扱いを受ける一方で、国の根幹である政治の場におけるジェンダーの不平等が是正されておらず、政策に女性の視点が欠けている状態こそが日本のジェンダー平等や少子化に対する取り組みが進まない原因であることがわかる。

参考 – World Economic Forum : Global Gender Gap Report 2017

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2家庭内におけるジェンダーの不平等

左のグラフは有配偶男女の1日あたりの平均家事時間を,年齢層別に分析したもの
である。(2011年)まず明らかに男性と女性の家事負担には大きな差があることがわかる。年齢層別に見てみると、女性は結婚や出産のライフステージの変化に伴い、20代後半から40代前半にかけて家事時間が増加している。一方で男性は20代から60代にかけての現役期においては一定に家事に参加する時間は少なく、女性と比べて一日に約100分以上の差がある。退職した60代から多少は男性の家事時間も増えるが、それでもやはり男女の家事負担は不公平であり、女性の労働参加が進んだ現代においても、「男性は仕事、女性は家事・育児」という性別分業の意識が日本の家庭には根強く残っていることがわかる。
資料:総務省「社会生活基本調査(2011)」

3雇用環境におけるジェンダーの不平等

上の2つのグラフは厚生労働省「賃金構造基本統計調査」において男女別に正規雇用者と非正規雇用者の年収差、及び年齢に伴う変化を分析したものである。
まず男女双方において、20歳から30歳においては全体的に収入は低く、男女間に大きい格差は見られない。しかし正規雇用の男性が20代から50代後半にかけて順調に出世し、所得を増やすのに対し、女性は結婚や出産などのライフステージの変化が多い20代後半から非正規雇用率が上昇しており、その格差は年齢とともに拡大している。つまり正規雇用で働いていた女性が出産を機に家庭と仕事を両立させることが困難になり、労働時間の融通がきく非正規雇用の労働に移るケースが多いということである。更には、正規雇用においては男女間には最大で200万円以上の所得格差があり、非正規雇用の女性の収入は正規雇用の男性の収入の半分にも満たない。これらのデータから女性が男性と同じように長期的なキャリアを継続することの難しさ、所得・雇用形態における男女間の不平等がわかる。

2−3.日本における女性労働の変化

上のグラフは総務省統計局の「労働力調査」において平成15年から平成25年にかけての女性(15〜64歳)の就業率の推移を分析したものである。このグラフを見ると一時的な停滞はあるものの女性の就業率が年々上昇していることがわかる。ではこの変化は本当に女性が男性と同じように賃金を稼ぎ、社会で活躍できるようになったことを示しているのだろうか。結論からいえばとてもそうとは言えない。戦後一貫して進んできた「女性の外部労働への参加」はその内実を見てみると、女性が稼ぎ手として活躍する社会からは程遠い。この女性の労働参加率の上昇は、女性の高学歴化や経済不況といった構造変化によって引き起こされた未婚化が女性の就業を促したのであって、「女性が仕事と家庭を両立しやすい環境」が整ったから女性の社会進出が進んだわけではない。むしろ、2−2.3のグラフで示されている通り、女性の労働力で増加したのは未婚のフルタイム就業者と既婚の非正規雇用者、特にパートタイム労働者である。やはり、日本においてはまだ正規雇用の女性が出産後も育児と両立して仕事を続けることのできる環境は整っておらず、家計を補うような形で非正規雇用労働に従事する女性が多いのだ。

(以下引用 筒井淳也 中公新書(2016/05/30)
『仕事と家族-日本はなぜ働きづらく産みにくいのか-』 )
このようなパートタイマーの人たちが働く外部労働市場には女性からすれば、子育てや家庭の事情により労働時間の調整などが容易であり、経営者からすれば必要なときの労働調整が容易だったり、コストを安く抑えることができるという特性がある。しかしこのような外部労働市場が、正規雇用の夫と家計を共有する有配偶女性向けに形成されて来たことの帰結は、その後の正規雇用・非
正規雇用の賃金格差の問題となって現れてきている。つまり日本のパートやアルバイトなどの非正規雇用の労働市場は「自立して食べて行けない」人のための労働市場となってしまったのだ。これはジェンダーの不平等の問題だけでなく、日本の若い世代の晩婚化、ひいては少子化の解決において深刻な障害となっている。

2−4.協働経験とその学び
1児童養護施設 聖友学園での活動
私は社会福祉ゼミ・児童福祉チームの一員として、阿佐ヶ谷にある児童養護施設・聖友学園で4月から約8ヶ月間活動した。この活動では虐待される子どもが出てしまう要因や、虐待された子どもの心のケア、その保護者の心の病のケアなどを実際の現場を通じて学び、社会全体で実現されるべきの子どもが健全に成長できる家庭の支援を考えることを目標とした。具体的には地域のお祭りでの施設PR活動や、子どもたち向けの流しそうめん大会などのイベント企画・運営などを行い、直接施設の子どもたちとコミュニケーションを図った。また、施設職員の方からは乳児院の見学や、児童福祉について学ぶ勉強会やディスカッションを開いてもらい、児童虐待の現状についての理解を深めた。聖友学園では約半分以上の子どもたちが被虐待が原因で施設に入所している。また、施設の職員の方によると、その中でも実母からの虐待が年々増えてきているという現状がある。私はこの原因は、日本において多くの母親が夫や周囲からのサポートがない孤独な状態で子育てをすることのストレスや不安ではないかと考えた。現在、行政が虐待を受けている子どもたちを守るためにできる唯一の手段は強制的な「親子分離」である。しかしこの手段は児童虐待の根本的な解決にはならない。私はこの協働の経験から、現在のジェンダー不平等の問題が女性だけでなく、その子どもにまで有害な影響を及ぼしていること、また児童虐待を防止するためには地域行政が子どもだけでなく、親にも精神的なサポートを提供する必要があることを学んだ。

2小規模多機能居宅型介護施設 ユアハウス弥生での活動
私は社会福祉ゼミ・高齢者福祉チームの一員として、文京区にある小規模多機能型居宅介護施設・ユアハウス弥生で4月から約8ヶ月間活動した。この活動では地域や介護施設がどのように連携して、高齢者が要介護状態なるリスクを減らせるのか、高齢者の幸福のための新しいケアの形の模索などを目標にした。実際に認知症サポーターの講習会や職場体験、ユニバーサルツアーの企画・実行などを通じて、現在の介護施設の現状や介護業界の問題点について学んだ。その際に私は高齢者介護の分野においても、介護される側、介護する側の両方において性差があることに気がついた。まずユアハウス弥生で活動する中で私が気がついたことは、利用者の大半が女性であったことだ。ユアハウス弥生だけでなく、文京区の介護事業所ツアーに参加した際にも女性の利用者が大半を占めていた。実際に介護保険制度の受給者の要介護状態区分構成割合を性別に調べてみると女性が71.1%、男性が28.9%となっており、介護保険認定者の大多数は女性高齢者であることがわかる。このように女性の方が平均寿命が長い分、要介護状態である期間が長く男性に比べて経済的困難に陥るケースも多いので、予防介護や個人のニーズに合わせたケアを提供するべきだと考えた。次に介護する側の問題では、やはり介護や育児というケアワークはやはり女性がやるべき仕事とされており、男性の職員が少なかったのが印象的であった。自宅介護の場合でもやはり介護は女性の負担となる。私はこの経験を通じ、このような不平等を改善し、高齢者虐待などの悲劇を減らすためにも男性の介護参加・介護の社会化をより促進すべきだと考えた。

3.考察・理想の社会モデルの提案
2−1.2で説明したとおり男女が実質的に平等であることは、その国民の幸福度を高め、社会の効率を良くするために重要であり、逆にジェンダーの不平等は、2−2から2−4で示した通り、子どもの健全な発育に有害な影響を及ぼし、少子化や晩婚化を加速させる原因になりうると言うような様々な危険性をはらんでいる。

私はこの研究の結果から、日本において男女の実質的な平等を実現することの必要性を改めて感じた。しかし、現状では「家事や子育てなどのケアワークの責任は女性にある」といった概念は日本人の奥深くに根強く残っており、日本におけるジェンダー平等は家庭・雇用環境・政治の場のすべての分野において一定に女性の権利が保障されない限り、達成されない。
私はこれらの現状を踏まえ、性別分業の概念を克服した真の「共働き社会」を形成することが、社会的に構築された結婚・出産後の女性の不平等の是正につながると考える。その実現に向け第一に取り組むべきものは、学校教育にジェンダーの視点を取り入れることである。人間の判断基準というものは、自分の周囲の状況に照らして設定されてしまうものであり、これは人々の家事・育児分担について感じる「不公平感」にも同じことが言える。子どもが、母親のみが家事や育児を負担し、父親が家庭のことに干渉しない家庭に育ってしまえば、その子どもは女性が家事労働を負担することが自然だと感じるようになる。このように世代間で性別分業の意識が継承されていることこそが、日本において未だに性別分業の意識が根強く残っている原因である。学校教育を通じ、子どもに公平な家事負担の基準を浸透させることで、子どもたちが当たり前の概念として、将来家庭を持ったときに平等に責任を負担することができるだろう。
更にジェンダー平等のために達成されるべきなのは、世界で129位という女性の国会議員数を増やすことだ。そのために私は具体的に法律で国会議員数の男女比を設定するべきであると考える。政治の場など、意思決定の場においてジェンダーの格差がある現状では、政府が打ち立てた「2020年までにあらゆる分野における指導的地位の女性の割合を30%まで引き上げる」という目標も実現不可能だろう。またドイツのようにすべての子どもに「保育を受ける権利」を認める法律を作るなど、ジェンダーの平等を実現しようとするならば、強制力のある法律を制定するなど政府が革新的な政策を実行することが不可欠である。
企業においても、男女がともにが自分の能力を十分に発揮して長期的なキャリアを形成することのできる環境を整えることが不可欠である。具体的には時間をある程度自由に設定することのできる柔軟で残業のない労働時間調整や、女性だけでなく男性にも育児休暇を保障することだ。短期的に見ると、企業に対する負担が多いようだが、長期的に考えてみると女性の能力をより有効的に活用することにつながり、最終的には企業全体の生産効率を改善することもできるだろう。このように日本においてジェンダーの平等を実現するためには様々な課題がある。これらの問題は相対的に関係しており、一遍に簡単に解決することはできない。だからこそ政府が主体となり、企業や地方自治体と連携を取りながら、革新的な政策を積極的に実行していくことが必要だ。そして私達も自身のジェンダーの概念に縛られた生き方から抜け出し、一個人として自分の幸福観や家族観を見つめ直す必要がある。

日本におけるすべての国民がジェンダーの概念から開放され、それぞれ自己決定した目標に近いライフスタイルを選択することできる幸福な社会を実現するためにも、私は今後も研究を続けていきたい。

 

4.参考文献
・筒井淳也 中公新書(2016/05/30)
『仕事と家族 – 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか -』
・スーザン・M・オーキン 岩波書店(2013/05/31)
『正義・ジェンダー・家族』
・竹信美恵子 岩波新書(2013/10/19)
『家事労働ハラスメント – 生きづらさの根底にあるもの』
・文藝春秋オピニオン 2015年の論点100 文春ムック(2015/01/01)
p48. 「女性の活躍推進」とは名ばかりの反女性的政策だ 上野千鶴子
p150.「待機児童問題はなぜ解決しないのか」 猪熊弘子
・加藤秀一 ナツメ社(2005/03/01)
『図解雑学 ジェンダー』